東京地方裁判所 昭和24年(行)64号 判決
原告 下平雅則
被告 東京都知事
一、主 文
被告が東京都中野区桃園町四十一番地所在木造瓦葺二階建四棟、建坪合計三百十三坪につき昭和二十四年十二月二十八日附第一三三号の四の通知書によりなした、建物使用権存続期間更新命令を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、被告は昭和二十年十二月二十八日、恩賜財団同胞援護会を起業者として原告所有の請求の趣旨記載の建物に対し、使用権設定処分をなし、同二十二年十二月二十八日及び同二十三年十二月二十八日附各通知書を以て、右使用権の存続期間を、一年間として、更新したが、更に、同二十四年十二月二十八日附第一三三号の四の通知書を以て、右使用権存続期間を同日より一年間として更新した。然し、右昭和二十四年十二月二十八日附通知書を以てなした、更新処分は更新するに足る事由が存しないのに拘わらず更新した違法な処分である。即ち、
(一) 本件建物に対する使用権設定処分に付いて被告は昭和二十三年五月十五日、其の損失補償金を、使用権設定処分のなされた日である、昭和二十年十二月二十八日以降一ケ月金千六百円と決定されたので、原告は住宅緊急措置令第十條第一項に依り、昭和二十年十二月二十八日より、当然、右割合による損失補償金を起業者である恩賜財団同胞援護会より、受領すべき権利があるにも拘わらず、右恩賜財団同胞援護会は、昭和二十二年七月三日使用権設定処分のなされた日である、同二十年十二月二十八日以降より十五ケ月四日分に相当する金二万四千二百六円四十銭を支拂つたのみである。
(二) 本件建物に対する使用権設定の目的は戰災者、引揚者等のためにする住宅の緊急確保に存するものであるが本件建物には、非戰災者、非引揚者である数世帶が居住して居り、斯くの如き、使用は右使用権設定の目的に照らし本件建物の使用目的の範囲を超えて、使用せられているものである。
(三) 住宅緊急措置令第二條に依る、建物使用権設定処分は起業者の使用権設定の対象となつた建物に対する善良な管理を前提としているに拘わらず、本件建物の使用に際し起業者である恩賜財団同胞援護会は其の管理義務を盡くさず、
(イ) 本件建物は防火建築でないから室内廊下などで炊事をすることは危險極まることであるのに、起業者が設置した炊事場は燒トタン葺で雨天には使用に堪えず加うるに居住者中には晴天の日でも室内又は廊下で炊事をするものがあつて火災の危險が絶えることなく、
(ロ) 居住者の電熱器使用や火気取扱の不始末から小火事故を起したもの原告に判明した分だけでも八件あり
(ハ) これらは起業者の管理が不適当無責任なことに起因するものであつて近隣においても度々問題とされ所轄消防署の点檢の結果火災予防上重大な管理上の欠陷があることを指摘されたこともある、
(ニ) 又電力使用に関しては当初原告使用の分と起業者使用の分とを区別すべきことを約し更に昭和二十二年十二月には一週間内に電力計を設置すべきことを確約したに拘らず一年以上も放置し、
(ホ) 起業者が物干場を設備しないので居住者は屋根を物干に使用するため屋根を踏み拔きそのため雨漏り甚だしく漆喰、廊下の天井等に損傷を生じ、
(ヘ) 居住者中にはタイル張りの玄関で薪割をしタイルを毀損して平然たる者があり、
(ト) 衞生上の注意を欠くため居住者の使用状態は一般に不潔で下駄ばきで廊下を通行し内外の区別のない者が多く病気の発生も多く、犯罪者も少くなく盜難事件が頻発し原告自身も数回に亘り多大の損害を受けた。
(四) 更に、本件建物に対する使用権設定処分に対し其の損失補償金は前記の如く、昭和二十年十二月二十八日以降一ケ月金千六百円と決定されたけれども、昭和二十三年度に原告の支出した家屋税、地代、保險料を合計すると金四万五百五十九円十銭になり右補償金の倍額以上に上り昭和二十四年度には補償金の増額をみたが依然として原告の出費を補うに足らず以上の事実は起業者が善良なる管理者の注意を拂つて使用してさえ原告は月々多大の損害を蒙ることを余儀なくされているのに加え現実の使用状態が甚だしく不適当無責任で原告は常に危險な使用の耐忍を強いられていることを意味し、住宅緊急措置令第十二條第一項第二号乃至第四号に該当するものである。而して同法條は右各号に該当する事実がある場合には知事は起業者に対し使用権取消の処分をなすことを要するものであり、使用権存続期間の更新処分をなす場合においても同様に同條各号に該当する事実ある場合には更新処分をなすべきではなく、これに反してなした処分は違法というべく、本件においても被告のなした昭和二十四年十二月二十八日附第一三三号の四の通知書による更新処分も亦、違法な処分である。よつて本件更新処分の取消を求めるため本訴に及んだと述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、被告が原告主張の日に原告主張の建物に対し起業者恩賜財団同胞援護会のため使用権を設定したこと、右使用権の存続期間を原告主張の日に更新したこと及び右建物に対する使用権の設定並に其の使用に対し損失補償金が原告主張の如く決定され右恩賜財団同胞援護会は原告主張の日に損失補償金として、金二万四千二百六円四十銭を支拂つたことは認めるが、爾余の事実は総て不知である。住宅緊急措置令第十二條は同條別記の事実があつた場合地方長官が自由裁量により起業者に対する関係において取消処分をなし得ることを規定したにすぎず所有者たる原告より取消処分を求め得べき筋合ではない、と述べた。(立証省略)
三、理 由
被告が昭和二十年十二月二十八日原告所有の、東京都中野区桃園町四十一番地所在木造瓦葺二階建、建坪合計三百十三坪に対し恩賜財団同胞援護会を起業者として、使用権設定処分をなし、同二十二年十二月二十八日附及び同二十三年十二月二十八日附各通知書を以て右使用権存続期間を同日より一年間として更新し、更に同二十四年十二年二十八日附第一三三号の四の通知書を以て右使用権存続期間を、同日より一年間として、更新したことは当事者間に爭ないところである。
原告主張事実中原告は本件建物に対する使用権設定処分に対する損失補償金は住宅緊急措置令第十條に所謂、通常生ずべき損害の補償と謂い得ないから、之を前提として使用権存続期間更新処分は違法な処分であると主張する点に関しては右住宅緊急措置令第十一條に依れば損失補償金の決定に対し特に一般の不服の訴と別に出訴が認められて居り、損失補償金額の決定に関する処分の違法は結局その増額という方法で解決されるものである限り、右第十一條の訴で解決しその点に関する瑕疵を、処分全般の取消原因としないこととした趣旨であると解されるのであるが、原告の右主張も結局、損失補償金額増額の訴で解決されるべき事由に関するものであるが故に、此の事由のみを独立して右使用権存続期間更新処分の違法原因として主張するのは失当である。
そこで、被告が昭和二十四年十二月二十八日附通知書を以て、なした使用権存続期間更新処分が違法であるか否かに付いて考察することとする。
住宅緊急措置令は戰災者、引揚者等に住宅を緊急に確保するため地方長官の行政処分により現に使用せられず又は使用上余裕ある建物に対し起業者のために強制的に使用権を設定し損失補償金を定めて起業者をして建物所有者に支拂わしめると共に、起業者が損失補償金を支拂わず又はその目的を超えて建物を使用しその他使用権設定の趣旨に反する行爲があつた場合には、地方長官に使用権取消の権限を認めている。すなわち使用権設定処分は建物所有者と起業者との間に私法上の賃貸借関係に類する法律関係を創設するものと考えられるが、使用権取消の権限を地方長官に與えた所以は、使用権の設定後賃貸借契約における賃料不拂その他の契約違反と同様な事実が発生した場合に、建物所有者の一方的な意思によつて使用権を消滅せしめ得るにおいては、その設定及び損失補償額の決定が行政処分によりなされることに鑑み、住宅困窮者のための住宅緊急確保という基本目的を空しうするおそれが多分にあるから、このような場合に使用権を消滅せしめる権限を地方長官に專属せしめ地方長官をして右のような公益上の必要と建物使用により所有者の蒙る損害とを比較考量し、衡平の観念に照して使用権の存続又は消滅を決定せしめんとしたものと解すべきである。從つて右措置令第十條又は第十二條所定の事由が発生した場合においても地方長官はそのことのみを以て直ちに使用権を取消すべきでないと同時に、前記のような比較考量の結果使用権を存続せしめることが所有者に甚だしい損害を加え不当の犧牲を忍ばしめるような結果となる場合においてはその使用権を取消すことを要するものであつて、かかる場合にもなお地方長官は任意に使用権を取消すべきか否かを決定できるものというべきではない。而して使用権存続期間更新処分は既存の使用権を將來に向つて延長するものであるから地方長官は更新処分をなすに当つては新たに使用権を設定する場合と異り起業者、建物所有者双方の利害を比較檢討し若し過去において起業者が損失補償金の支拂を甚だしく怠り又は建物の用法に著しく反してこれを使用し或はその目的を逸脱する使用をする等のことがあつて使用権取消の原因に該当する事由があり、將來建物所有者に多大の損害を加えるおそれあること明かな場合においては更新処分をしてはならないものというべく、かかる事由あるに拘らず更新処分をすることは、起業者の目的とする公益の増進と併せて建物所有者の権利乃至利益の保護を内容とする右措置令上の地方長官の職務権限に反し又はこれを超えるものであつてその更新処分は違法といわねばならない。
さて本件について考えてみるに、
(イ) 証人本田忠一の証言及び原告本人訊問の結果によれば、本件建物の居住者中には室内における火気の取扱が粗漏でその不始末のため小火を出したことが幾回となくあつたことを認められるが、最近においては事態が改善せられ火気の不始末による事故が激減したことは原告本人の供述するところであるから、この点は本件の判断について斟酌する必要がない
(ロ) 成立に爭のない甲第四号証及び証人栃折哲三、本田忠一、小島勝太郎の各証言並びに原告本人訊問の結果によれば、本件建物は防火建築でないため室内、廊下等で炊事のために火気を用いることは火災の危險が多いために起業者たる恩賜財団同胞援護会は別は炊事場を設置したが燒トタン葺の粗末なものであつたために間もなく雨天には使用に堪えなくなりそのため室内、廊下等で炊事をするものが多く且つ防火設備、避難器材等が不完全なために所轄消防署より注意を受けたに拘らず何等の処置も構ぜられていないことを認めることができ
(ハ) 前記栃折、小島の各証言及び原告本人の供述によれば、本件建物には当初二個電力計があるのみでその増設の急務であることは関係者のひとしく認めるところであつたに拘らず昭和二十四年後半にようやく一個の増設をみたにすぎず起業者の財政困難のためそれ以上の増設は期待できないことを認めることができ
(ニ) 右栃折、小島の証言及び原告本人の供述によれば、本件建物の居住者は第三寮のアスフアルト張りの陸屋根を物干場に使用するため屋根を踏拔きその結果雨漏りが甚しく柱、漆喰等の腐触脱落をみるに拘らず起業者、居住者共にこれを修理する費用がないために放置されており、居住者中には廊下を下駄ばきのまゝ歩いたり玄関で薪割をしてセメントを破り穴をあけたりするものがあるなど建物使用が甚だ粗暴であるに拘らず管理人に居住者監督の実力を欠きこれを制止することができず同胞援護会は使用状況の見廻り調査等をすることもないため建物の汚損荒廃を防止できないままに任かされていることを認めることができ、証人小島勝太郎の証言中右認定に反する部分は措信できない
(ホ) 本件建物の損失補償金が昭和二十年十二月二十八日以降一ケ月金千六百円と決定せられ起業者たる恩賜財団同胞援護会が昭和二十二年七月三日封鎖小切手により金二万四千二百六円四十銭を支拂つたことは当事者間に爭がないが、証人石井三郎の証言及び原告本人訊問の結果によれば、右同胞援護会はその後久しきに亘つて補償金を支拂わず昭和二十五年九月九日に至りようやく金七万円を支拂つたものの、その間補償額の改定があつたことと相俟つて昭和二十五年八月までの計算において未だ十万円余の未拂金を残しており、かかる事態に立到つたのは同胞援護会の財政的基礎が貧弱で居住者からの使用料徴收も思うに任かせず本部の経常費さえ会所有の物件を賣却した代金によつて補充している有様であることに起因するものであつて、未済となつている過去の補償金はもとより將來の補償金支拂の見とおしもつけ難い事態におかれておるところ、一方原告が本件建物のために支出を余儀なくせられる費用は公租公課、地代、火災保險料を合せ年額六万五千円前後となり、しかも將來漸増を必至とする関係上補償金全部を受領するも損失を免れないのに加えて、前記のように同胞援護会の支拂能力に危惧の念を抱かざるを得ないとすれば將來の損害は測り知るべからざるものがあるというべき状況におかれていることが認められ
(ヘ) 証人丹羽博の証言及び原告本人訊問の結果によれば、本件建物には戰災者、引揚者にあらざる数世帶が何等かの手蔓によつて轉入居住していることが認められ、この認定に反する証人栃折哲三、小島勝太郎の各証言は措信できない。
以上認定の通り起業者たる恩賜財団同胞援護会は本件建物の使用に関し善良なる管理人の注意義務に反し或いは建物の通常の用法に從わず、又はその目的を超えて使用し建物の汚損朽廃の度を早め設備の整備を怠つて火災発生の危險防止に努力せず、且つ当然支拂うべき損失補償金の大半を支拂わずして原告に対し多大の損害を蒙らしめているのであるが、右は畢竟同胞援護会の財政的基礎が極めて貧弱なことに根本の原因があり、本件建物の使用が粗暴不法を免れないのもその財政上の困難から專任の職員を必要員数任命することができず、ために居住者に対する監督を十分にすることができないためであり(この事実は証人栃折哲三、石井三郎の各証言からも窺い知ることができる)かかる状況は同胞援護会の力のみによつては到底改善し得べき性質のものではなく、且つその窮境打開が到底困難であつて建物居住者の轉居先が発見せられるならば本件建物の使用継続は同胞援護会も被告も共に望ましからぬことと考えていることは証人石井三郎、丹羽博の各証言によつて明白なところというべく、この事態は被告が最後の更新処分をした昭和二十四年十二月二十八日当時においても同様であつたということができ、かかる事情の下にあつて本件建物の使用権存続期間を延長することは関係当事者の如何ともし難い窮状より生ずる苦痛を原告一人に負担せしめ、原告をして独り莫大な損害を蒙らしめるものに外ならず、被告としては本件建物の使用権を消滅せしめて原告の損害を防止し、建物困窮者救済については他に有効適切な手段方法を考究案出することに努むべきであつたといわねばならない。
されば被告が昭和二十四年十二月二十八日附第一三三号の四の通知書をもつてなした本件建物使用権存続期間更新処分は違法たるを免れず、その取消を求める原告の本訴請求は理由ありというべきであるからこれを認容し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 近藤完爾 和田嘉子 渡辺忠之)